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有力大学の講義が無料? 教育市場を揺るがす「MOOC」の衝撃
記事提供:TechTargetジャパン

 学習管理のためのラーニングマネジメントシステム(LMS: Learning Management System)といえば、かつては概してユーザーに不人気で低迷していた。だが現在、LMSは大規模公開オンライン講座「MOOC(Massive Open Online Courses)」との競争に直面し、クラウドやソーシャル、モバイルといった技術によって全く新しいものへと作り変えられつつある(MOOCについては「タブレット授業利用のプロ3者が語る、『端末は生徒が購入』が理想な理由」も参照)。先頃開催された人事関連技術のカンファレンス「HR Technology Conference and Exposition」で、人事戦略と組織管理を専門とする米調査・コンサルティング会社Bersin by Deloitteのアナリストがそう語った。

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「LMSは社内研修の管理者を支援し、その負担を軽減してくれる存在ではあったが、必ずしも学習者にとってはそうとは限らなかった」と話すのは、Bersin by Deloitteの調査担当副社長、デビッド・マロン氏だ。「われわれの多くはLMSに対し、良い印象と悪い印象の両方を持っている」と同氏は語る。

とはいえ、マロン氏によると、Bersin by Deloitteが人材管理システムの購買担当者を対象に最近実施した調査では、回答者の57%が「向こう1年半以内に何かしらの人事システムまたはタレントマネジメントシステムを新たに購入する計画だ」と答えたという。導入を計画する具体的なシステムを尋ねたところ、そのうち61%が「LMS」と答え、一番多くの回答を集めた。

多くの回答者は、LMSのベストオブブリード製品を単体で利用するよりも、人材管理パッケージの一部として、あるいはERP、人事情報パッケージの一部としてLMSを利用したいと考えていることも明らかになった。Bersin by Deloitteは、世界のLMS市場は2013年に10.2%拡大すると予想している。

一方で、LMSはかつて不評を買った時代遅れの設計から脱却しつつある。「LMSは徹底的に作り変えられている。柔軟性の高いユーザーインタフェースやクラウド配信に加え、ソーシャルメディアやモバイル対応も徐々に進み、“必要とされているときにいつでも”学習が提供されるようになってきている」とマロン氏は語る。さらに、LMSはアナリティクスやビッグデータへの対応も強化されつつあるという。

「特にK-12(米国における幼稚園から高校までの基礎教育)市場を中心に、LMSはより学習者中心のシステムとなっており、ユーザーエクスペリエンスも変わり始めている。このことは、企業向けLMSのユーザビリティを考える上で幾つかの教訓になっている」とマロン氏は語る。同氏によれば、現在K-12市場向けのLMS製品は約50種類ほどあるが、その大半はクラウドベースであり、「根本的にソーシャルとコラボレーションが考慮されている」。この点において、旧態依然とした業務アプリケーションよりもコンシューマー向けのアプリケーションに似ているという。

急速に充実するMOOCプラットフォーム

Bersin by Deloitteの社長で創業者のジョシュ・バーシン氏はカンファレンスで、長い時間をかけてMOOCについて説明。人事担当者が大半を占める聴衆に対し、職業訓練の新たな提供方法としてMOOCを真剣に検討するようアドバイスした。

「教授自らが講義のオンライン化を引き受けたために、教育業界は目下、混乱状態にある。そのおかげで新たな市場が誕生し、急成長している。この分野は、皆さんの業務にとっても極めて重要なものになるだろう」とバーシン氏は語る。

バーシン氏はMOOCを「低コストで受けられる有名大学の講義」と定義し、「大半のMOOCは講座を無償で提供し、修了認定証の発行に30~50ドルを請求している」と説明する。米カペラ大学や米フェニックス大学など、企業研修市場でのシェア確保を狙う利益目的の大学にとって、MOOCはとりわけ深刻な脅威となる。「こうした利益目的の大学は、高いブランド力を持つ大学に行く手を阻まれている。有名大学のコンテンツが続々と公開市場に開放されてきているからだ」とバーシン氏は語る。

1. edX: ハーバードとMITが開始、コンピュータ関連講義が充実

こうしたMOOC活性化の立役者となっているのが、オープンソースのMOOCプラットフォーム「edX(エデックス)」を共同で運営する米ハーバード大学と米マサチューセッツ工科大学(MIT)だ。バーシン氏によれば、edXはコンピュータサイエンスなどの専門講座(ハーバード大学の他、アイビーリーグからも提供されている)が充実しているという。またedXには、提携する米Googleがコンテンツ開発ツールを無償で提供している。

(注)2013年5月には、京都大学が日本の大学で初めてedXでの授業提供を表明した。
・KyotoUx(edX) URL:https://www.edx.org/school/kyotoux/allcourses

2. Coursera: 経営学やリーダーシップの習得に最適

MOOCプラットフォームはまだそれほど多くないが、そのうちの1つ「Coursera」は、米ライス大学や米ペンシルベニア大学ウォートン校が提供する経営学やリーダーシップ分野のコンテンツが充実しているのが特徴だ。

(注)2013年2月には、東京大学が日本の大学で初めてCourseraでの授業提供を表明した。

・The University of Tokyo(Coursera) URL:https://www.coursera.org/todai

3. Khan Academy: バンカメも顧客サービスに利用

「Khan Academy」は、科学、数学、財務分野の講座を早くから手掛けている。例えば、米銀行Bank of Americaは、Khan Academyで提供されているパーソナルファイナンスに関する講座を顧客向けに利用している。

4. Udacity: 大学独自ブランドのMOOCを実現

バーシン氏はもう1つ、優れた専門教育を行っているMOOCプラットフォームとして、「Udacity」を挙げた。Udacityは、大学が独自ブランドでMOOCを提供できるようなっており、例えば、米ジョージア工科大学もオンライン課程の提供でUdacityと提携している。この点は、他のMOOCプラットフォームにはない特徴だ。

以上4つの主要なMOOCプラットフォームは、基本的には講義のオンライン化で大学を支援するために創設されたものだ。バーシン氏によれば、講義のオンライン化は「コンテンツを作成し、適切な順番に並べ、管理し、コミュニティーを構築し、人々に受講を勧め、学習の進捗状況を追跡するといった数多くの手順を必要とする複雑なプロセス」だという。

「こうした講座の大半は動画ベースだ。通常は教授自らが語り手となるか、あるいは教授が書いた原稿を誰かが話す形となる」とバーシン氏は語る。

MOOCは通常、開始日と終了日が指定されているという点で、大半のLMSベースの講座とは異なる。「MOOCはいつでも好きなときに受けられるわけではない。MOOCは実際のところコンテンツシステムであって、LMSシステムではない。ただし、再生速度を調整して、セクションを自由に移動できる」とバーシン氏は語る。

MOOCが企業研修を変革

バーシン氏によれば、MOOCの急成長の背景には、大学教育に掛かるコストの急騰があるという。米連邦政府のデータによると、米国では1978年から現在(2013年)までに大学の授業料は1134%も上昇している。

「教育の需要は供給をはるかに上回っている。教育システムの市場には累積需要があり、それがMOOCの市場を活性化させている。MOOCの急拡大によって、教育市場は今後、競争性を増し、利用しやすくなり、そして幾つかの点でより民主化されていくことになるだろう」とバーシン氏は語る。

また一方では、キャリアを向上させるための手ごろな方法を探している人も増えている。「今はキャリアパスが整っていない。大学を出ても、必ずしも企業が必要とするスキルを身に付けているとは限らない。MOOCによって、今後、企業内教育のコンテンツはしっかりと吟味され、よりうまく構成されるようになるだろう」とバーシン氏は語る。

さらにMOOCは、LMS業界の革新を促すことにもなりそうだ。「LMS市場には目下、コンテンツの開発と配信を行う小規模なプロバイダーが乱立し、市場は分断化され、機能不全に陥っている」とバーシン氏は指摘する。同氏のクライアントの多くは、自分たちの研修ニーズに見合った優れたコンテンツを見つけるのに苦労しているという。「LMSのコンテンツは、大半が時代遅れだ。MOOCはそうしたコンテンツ市場をいったん崩壊させ、改良するのに役立つだろう」と同氏は語る。

ただし、社内研修にMOOCを採用しようという企業には、幾つかハードルがある。例えば「他に誰がオンライン講座に参加しているか」という懸念もその1つだ。中には、自社の従業員がオンライン講座を通じて競合他社の従業員や大学生、海外の人たちとやりとりすることを望まない企業もあるかもしれない。「全く別の世界の人たちが参加している可能性もある。MOOCのインタラクティブな特性がどう作用することになるのか、われわれはまだ全容を把握しきれていない」とバーシン氏は語る。

MOOCプラットフォームの運営事業者は、こうした講座の企業版はまだ開発していない。だがバーシン氏は、注目の新しいプラットフォームとして「Udemy」を挙げている。Udemyは、企業や個人が専門知識をユーザーが理解しやすい講座としてまとめ、米Appleのオンラインストア「iTunes Store」と似たサービスを介して発信できるというサービスだ。

ただし、MOOCの可能性には企業も興味を示し始めている。バーシン氏によれば、米Yahoo!はMOOCの1つと提携し、登録1件に付き約30ドルの費用を負担して、従業員にコンピュータサイエンスのオンライン講座を受講させているという。

バーシン氏は、MOOCについて次のように語る。「MOOCは、今日の専門教育にとって非常に優れた方法であり、専門能力の開発やリーダーシップに関するコンテンツ提供に着手する方法としても優れている。試してみる価値は大いにある。従業員は大きな付加価値だと捉え、会社にとってはある種のエンゲージメントツールになるだろう」